「寂しい生活」稲垣えみ子ーキリのない欲望や不安から解放されるチャンスかも

寂しい生活

ここのところよく考えていた「消費とは何か」から始まり、「お金とは何か」「自分の価値観とは(他人の価値観とは)」「今の不安は何なのか」「自分は結局どう生きたいのか」などを総括するような本が出ていたので買ってみた。これが個人的には実践的な内容、かつその結果をわかりやすく書いてくれているので非常に良かったので紹介したい。

筆者の稲垣えみ子さんとは

私はテレビで初めて見たのがつい最近。アフロヘアなので印象的だったが、この人がどんな人なのか全く知らなかった。パッと見、変な人なんだろうな、ぐらいにしか思わなかった。

この人が、東日本大震災をきっかけに「節電」に取り組み、そこから身の回りの電化製品や電気を使うもの(要は便利なもの)を手放し、その結果自分に何が起こったかを書いた本である。

簡単に書くと、自分の身の丈を知り、自分が生きやすい“サイズ”を知ってその中で生きることで、本当の意味で「今をせいいっぱい生きる」ことができる。そして日本人が抱えている漠然とした不安や不満のようなものは、小さくなり、人生は楽しくなるよ、といった話です。

この本で知っておくべき大事な前提として「モノを所有すること」「豪華なものをたくさん身の回りに置くこと」「贅沢な思いをすること」が人生で素晴らしいとされている一般的なゴールですが、『(あなたも)本当にそうなのか?』ということ。

やれ便利なものだ、やれ高いものだ、やれ豪華な体験だと、様々な“モノ”を買い続けた私たち日本人は、その結果幸せなのでしょうか?今も、私しかり私たちより若い世代は、将来の不安におびえ、必死に働き、必死にお金を貯めるために、自分や時間を犠牲にしています。これが『幸せ』なのでしょうか??

それが稲垣さんの問いかけです。

私の幸せとは

こういうことを考えだしてから、よくよく自分自身の行動を振り返ってみてみると、私は大したお金を使わなくっても幸せを感じることができるということに気づきます。

私の場合は、いつも同じでもいいから好きなものを食べ、健康でいて、趣味の釣りが存分にでき、そのための釣具が買えれば、ほぼ幸せです。そりゃ服や電化製品は好きですし、たまには焼肉も…。欲しいかと聞かれれば欲しいですが、過剰と言われれば確かに、過剰な幸せかもしれません。

結局、食べて釣りができていれば、十分幸せを感じられているからです。

なんとなくそういうことに気づくと、一時は朝から夜まで働きづめだった私も「なんでそこまで働いているのか」と整合性のない自分の行動に『?』を感じるようになりました。

そりゃバランスはあります。「今を生きられればよい」というのはさすがに言いすぎで、やっぱり将来のだめのお金はためておくべきです。少しでも短い時間で単価の高い仕事ができるように、勉強し続けることも重要です。

しかし、「(夫婦2人で)60歳までに2億ためなきゃ・・」とちょっと前までは本気で考えていましたが、ホンマにそんなにいるか???(笑)そのために60歳まで働き続けることが幸せなんだろうか。

作られた価値観に縛られて複雑化している現代

この本全体を通して語られているのは「便利」の陰に何が隠れているのかということ。

現代、「よりよく生きる」ことは「楽をする(簡単にお金が稼げて、めんどくさいことは機械にさせ、自分は好きなことばかりする)」ことだと思い込まれているが、それって本当に生きているのか?ということ。

そのために欲望は膨らみ続け、必要となる「お金」は膨らみ続け、働く時間も膨らみ続け、資源や環境を後回しにしてまで「便利」を作り、手に入れ続ける人間。目先のゴールに到達したら、さらなる上を目指し、さらにふくらまし続けるわけ。いつまでたってもゴールはない。だって上には上がいるからね。

結局「モノ(欲望)」が「本当の自分」も「自分である時間」も奪ってゆく。

というのをわかりやすく書いている部分があるので、紹介したいと思います。

冷蔵庫がない時代、食べ物の保存には自ずと限界があった。だから人が買えるものにもおのずと限界があった。ところが冷蔵庫ができたことで、人は「いくらでも」食べ物を買えるようになった。今日食べなくたっていいんだからね。

(中略)

そしてこれを個人の側面からみると、冷蔵庫という存在は「生きていくこと」の本質を見えなくしてしまっていたのではないだろうか。

「食っていく」とは「生きていくこと」である。つまり食べていくことさえできれば何はともあれ生きていくことができる。

(中略)

つまり、いったいいくらあれば自分は「食っていく」ことができるのかを見極めないと、将来への不安は対処しようもない。しかし、本当に「食っていける」とはどういうことなのか。ほとんどの人が見失ってしまっている。

(中略)

冷蔵庫は「食べる」ということを「生きていくための軸」ではなくしてしまったのだ。冷蔵庫の中には、買いたいという欲と、食べたいという欲がパンパンに詰まっている。人の好くはとどまることを知らず。その食べ物の多くは実際には食べられることはない。もはやそれは食べ物ではない「何か」なのだ。

いやぁ、すごく的確な分析だと思います。

自分の「本当の価値観」を知ること

今現代の不満や不安のような閉塞感は、私自身の「怠惰」からできていたのだと気付かされる。

作られた価値観。それをゴールにして突き進む自分。

作られた価値観自体を悪いことだとは思わない。人口が減る中で企業も生き残るために必死だ。しかしそれが「本当に自分に必要なのかどうか」をしっかり考えずに『当たり前』『そういうものだ』と、深く考えもせずに取り入れ続けてきた自分が悪い。

つまり全ての判断の基準となるのは「自分はどう生きたいか」「何を幸せとするのか」ということに尽きる。

他人や、一般常識や、メディアには一切左右されない「今この瞬間の私の価値観」。

この「寂しい生活」は、これを知るための実践本である。

「便利」や「作られた価値観」を手放し、自分の身の丈を知るための方法が書かれている。そして身の丈をしった稲垣さんは今どう感じているか。当然、まだまだ不安や不満もあるだろうが、少なくとも以前よりは「生きている」「幸せだ」と感じられているらしい。「爽やか」「心が無重力」と表現されている。

その状態を、非常に魅力的に感じる。

当然、様々な環境条件もあり、いきなり稲垣さんと同じようなチャレンジはできないが、「便利」や「作られた価値観」を、少しずつ手放していくことは可能だ。それは現在37歳の私には大いなるチャレンジだが、私の中ではその可能性に賭ける価値があると感じている。

気が付けば何か手放せるものがないか、絶えず探している。なぜなら、何かを手放すほどに、自分が強く自由になっていくから。