「能力交換」の「能力」と「交換」の定義について

2016年、私は「能力」と「能力」を交換して生きていくことってできないのかな?と考えた。

そのきっかけは、『価値』や『消費』『お金』というものをなんとなく勉強していく中で、「お金というものはいまや目に見える現金だけではない=信用である」「モノはありふれ、人はモノにはお金を払わなくなってくる」「人は価値に対してお金を払う」といった文脈からだった。

そして2018年現在、それを実現できる様々なツールが世の中に増えてきた。

この段階で私の考えを整理しておこうと思ったのでまとめてみる。

私が考える「能力」の定義

「能力」には様々な定義がありますが、私が交換したいと考えている能力は、「スキル」ではなく「価値」です。例えば、

「エクセルができる」よりも「エクセルをする時間がある」

「目新しい料理ができる」よりも「家に帰るといつものご飯が用意されている」

「ロジカルに話ができる」よりも「なんだか安心して話ができる」

「スキルアップする講座」よりも「一緒に間違えても笑い合える学び友」

みたいな感じをイメージしている。

現代で「能力」といえば「スキル」だが、「スキル」で定義されていない「能力」がこの世の中には大量にありすぎる。

その中でも私がなんとかお金に換えたい(価値として表現したい)と思うのは、家族間になら当たり前にある”幸せ”を作る力みたいなもの。それがあれば『より自分を自分らしくしていける』地盤となるような事柄。

なぜそう思ったのか

私には双子の妹がおり、妹とは誰よりも仲が良く信頼し合っている。

私が仕事で忙しく外食ばっかりしている時に、妹が私にお弁当を作っては、昼休みのタイミングに会社の近くに運んできてくれた時期がある(この時お弁当代として200円ぐらい払っていたような気がする)。

妹は料理が好きで、旦那さんのお弁当のついでに私のお弁当を作ってきてくれただけなのであるが、私にとっては、金銭的にも健康的にもとてもありがたく、ひと息つける昼休みがあることがとても幸せなことだった。

また、私はよく妹の家に遊びに行く。そこには幼いころから仲の良い友達もよく来る。みな口をそろえて言うのは、妹の家だと、実家にいるように落ち着くと。たわいもないことをしゃべったり、子育ての話をしたり、料理教室みたいなことをしたり、食事をふるまってくれたり。

私はこれらは彼女の「能力」だと思った。

当然、妹にとってはただの友達付き合いなので、一切お金は取らない。

私も飲んだお酒代は払うが、幸せな時間を作るなんらかの要素にはお金は払わない(払えない)。それが『目に見えるものではなく』『何にお金を払うのか』が定義できないからお金にならないが、とある一部の人にお金を払ってでも欲しいもの。

妹は別にお金を欲しがっているわけではないが、私がこの「能力」を「お金(またはお金に変わるもの)」にできないものかなぁと考えたことが始まりだった。

どんな人にも「能力」はある

例えば私の旦那さん。お金に換えられる「能力」はあるのだが、それをうまく「お金に換えるスキル」が弱く、お金を稼ぐのが下手だ。しかし、彼にしかない素晴らしい「能力」がそこにはある。

極端な例えだとホームレス。きっと彼らは現代の資本主義の中では負け組と定義される。しかしきっと一人ひとりに「今の日本では評価されない(お金にならない)面での”能力”」ならたくさんあるだろう。例えば「時間」「健康な体」「腕力」「生きる力」「普通に生活していたら知れない世界」とかとか。

そういったものだけを「能力」と定義し、それらを可視化して、その「能力」が必要だと思う人にマッチングさせればイイではないかと。

そして誰しもに「能力」があるという前提であれば、基本的にはお金でやり取りする必要もなく「物々交換」ならぬ「能力×能力交換」ができれば、お金を稼ぐストレスもなく(「xx円ください」というのは日本人は苦手だから)、みんな幸せじゃん、といった考えだった。

「能力交換」を実現するためにクリアすべき壁

詳しくは↓で書きましたが「相手の持つ交換対象となる能力」が、「自分が欲しいと思うレベルかどうかの見極め」が一番の課題。

能力交換で起こるメリット

解決案としては『人間と人間の信頼関係の構築』であり、しかもそれが『Aさんが望むものを100とした場合、きっかり「100を提供したい」という価値観を持つBさん(逆に言うと110は過剰だよね、と思える人同志)がうまく出会える』ようにすることが必要で、それはITにしかできないことだろうと考えていた。

どんどん実現化する仕組みが出来上がってきている

ツールとしては自分がどんな人間であるかを表現するツール(SNS)であったり、スマホというデバイス。溜まってきた世界中の様々なビッグデータや解析し続けるAI(ディープラーニング)。ブロックチェーンの仕組みや、5GやIoTによる、より深く分析されるであろう”個人”情報などなど。

環境としては、SNS(属性発見)×ビックデータでより一層近い”価値感”で簡単に繋がれるようになったこと。(※ただし現段階ではまだ営利企業が間に挟まれているため純粋な価値観とはいいがたいが)

しかしそれが故に排他的思考がもたらす人に対する不信感。他人に関する無関心。情報を得すぎて慎重化する人間、物欲のない若者、自己承認を求める人々の増加。枯渇していく地球資源、エコやシェアリングの思考。

つまり「本当の意味での価値感で繋がった安心の世界で」「必要なものを必要最小限に」「うまく利用しあって」「自分(とその周りぐらいの小さい範囲)が幸せになり」「そしてそれが世界の無駄を排除して」「みんなの幸せにつながればいい」といったシナリオ。

今、すごいスピードで実現しようとしていると思う。

特に重要だと思うのは、

  1. (営利企業を挟まない環境で)本質的な価値観で繋がれること
  2. 自分の行動全ての価値が見える化する仕組み ←たぶん今ない今後のキモ
  3. 価値観が同じ人間を”自動で”見つけてきてくれること
  4. 買いたい「能力」を「いくら(お金)」という概念で交換しなくてよい仕組み

ブロックチェーンの仕組みが実現してくれるのではないか、と期待している。自分にできることはかなり少ないが、関西でなにかそういった活動があれば積極的に参加していきたいと考えている。

ちなみに今ある仕組みとして、日本の「タイムチケット」とはちょっと違う。この「時間」を流通単位とした経済システム「タイムバンキング」の方がイメージは近い。

友人や知り合いの間であれば、「ギブ・アンド・テイク」の精神で自分たちの技術を出し合ってお互いを助け合うのが一般的だろう。この助け合いコミュニティを広範囲に拡大し、「時間」を流通単位とした経済システムが「タイムバンキング」である。

中略

1時間のヨガレッスンを提供した人は、労働1時間分の「1タイムバンク時間」を稼ぐ。そして、稼いだ時間で今度は「1タイムバンク時間」分の自転車修理サービスを受けられるのだ。

ただ「本質的な価値観で繋がる」仕組みはまだ難しいのかもしれないね。

もしそれが実現したら・・・

例えば自分の全ての行動、趣味嗜好、歴史の全てがブロックチェーンに記録され、自動で本質的な価値観で繋がれるようになったとする。

自分が求めていた「同じ価値観」の人が、実際は「自分が思っていた人間(行動や趣味嗜好や過去)と違う」という現実と向き合うことになるのではないか。そこに自分自身の見たくない部分を発見するのではないか。そうなったとき、自分はそのことを受け入れられるのだろうか。さらに「人間のマイナス面」もたくさん見えてくる。価値観で繋がった相手に、人としての失敗や間違いがあった時に、自分はそれを受け入れられる人間なのだろうか。逆に受け入れないなんて選択肢はあるのだろうか。。。

なんだかこんがらがってきますが・・・汗

まぁとにかく、さらに人間力が試される世界になるんだろうな。